ホルムズ海峡封鎖で原油119ドル。1973年のオイルショックと同等以上の危機なのに、スーパーの棚は平穏。情報環境、学習効果、サプライチェーン、報道、集団心理の5つの切り口で分析する。
2026年3月、イランがホルムズ海峡の封鎖を宣言した。世界の原油輸送の約2割が通過する海の要衝が閉ざされ、WTI原油は一時119ドルまで急騰。ガソリン価格は上がり、ナフサ不足による包装材や日用品への影響も報じられている。
客観的に見れば、1973年の第一次オイルショックと「状況の深刻度」は同等かそれ以上だ。
ところが──スーパーの棚からトイレットペーパーが消える、あの光景は起きていない。
あの時は起きて、今回は起きていない。この違いはどこから来るのだろうか。報道の仕方なのか、私たち自身が変わったのか。少し掘り下げてみたい。
1973年10月、第四次中東戦争が勃発。OPECが原油価格を4倍に引き上げ、日本は第一次オイルショックに突入した。
この時、中曽根通産相が「紙の節約を」と呼びかけた。「紙がなくなる」とは一言も言っていない。だが「節約=不足の前兆」と受け取った人々の不安に火がつく。
10月31日、大阪・千里ニュータウンのスーパーでトイレットペーパーの特売に200人超の行列ができた。この光景がテレビと新聞で大々的に報道され、「紙がなくなるらしい」というデマが全国に連鎖。数日のうちにトイレットペーパー、洗剤、砂糖が店頭から消えた。
ホルムズ海峡が封鎖され、原油が100ドルを超え、ナフサ不足で一部の製品に影響が出始めているにもかかわらず、なぜ今回は「買い占めパニック」が起きていないのか。5つの変化がある。
1973年の情報源は、テレビ・新聞・口コミの3つだけだった。しかも情報は「一方通行」で、テレビが「行列」を映せば、それが唯一の現実になった。
2026年の私たちには、SNS、ネットニュース、YouTube、政府の公式発表、専門家のリアルタイム解説がある。ある情報が出た瞬間に「それは本当か?」という検証が始まる。
1973年の日本人には「オイルショックでモノが消える」という経験がなかった。高度経済成長で豊かさに慣れた人たちが、初めて「物不足の恐怖」に直面した。
2026年の日本人は違う。1973年のオイルショックの教訓は教科書に載っている。さらに直近では、2020年のコロナ禍でマスクやトイレットペーパーの買い占めを実際に経験し、「あの時も結局、供給は止まらなかった」ことを身をもって知っている。
「前例がある」と「前例がない」の差は決定的だ。人間は一度経験した恐怖には耐性がつく。「またか」と思える人と「初めてだ」と思う人とでは、パニックへの閾値がまったく違う。
1973年の日本は、エネルギーの約8割を中東の原油に依存していた。「中東が止まる=日本のすべてが止まる」という構造的な脆弱さがあった。
2026年の日本も中東依存度は依然として高い(原油輸入の約90%が中東産)。だが、石油備蓄は国家備蓄と民間備蓄を合わせて約200日分。LNG(液化天然ガス)の調達先はオーストラリア、北米、東南アジアに分散されている。再生可能エネルギーの比率も1973年とは比較にならない。
「明日モノがなくなる」という切迫感は、備蓄と分散によって1973年よりもかなり弱まっている。パニックの火種である「即座の供給断絶」のイメージが湧きにくいのだ。
1973年のメディアは、千里ニュータウンの「行列」を大々的に報じた。「紙の狂騒曲」という見出しが新聞に踊り、テレビは空っぽの棚を映し続けた。結果として、メディア自身がパニックの増幅装置になった。
2026年のメディアは、この教訓を(ある程度)学んでいる。ホルムズ海峡封鎖を報じる際にも、「備蓄は200日分ある」「政府が代替調達を進めている」という情報を必ずセットで伝える。「煽るだけ」の報道はもちろんゼロではないが、1973年と比べれば、不安をいたずらに拡大するような報道は明らかに抑制されている。
これは見落とされがちだが、重要な視点だと思う。
1973年のオイルショックでは、「石油がなくなる→紙がなくなる→トイレットペーパーを買え」というシンプルな因果の連想が成立した。当時の消費者にとって、行動は明確だった。スーパーに行って、トイレットペーパーを買えばいい。
2026年のホルムズ海峡封鎖で影響を受けるのは、原油、LNG、ナフサ、石化原料、包装材、プラスチック容器、肥料原料──影響範囲が広すぎて、「何を買えば安心なのか」が分からない。
パニック買いには「これを買えば解決する」という分かりやすい対象が必要だ。対象が複雑すぎると、不安は漠然としたまま行動に結びつかない。この「不安の拡散」が、逆説的にパニック買いを防いでいる面がある。
| 比較項目 | 1973年 | 2026年 |
|---|---|---|
| 情報の伝達速度 | 数日〜数週間 | 数分〜数時間 |
| 訂正・ファクトチェック | 遅い・不十分 | 即時・多チャンネル |
| 類似経験 | なし(初めて) | オイルショック+コロナ禍 |
| 石油備蓄 | ほぼなし | 約200日分 |
| エネルギー依存の分散 | 中東一極集中 | LNG・再エネ等で分散 |
| パニック買いの対象 | 明確(トイレットペーパー) | 不明確(影響が広すぎる) |
ここまで5つの変化を挙げたが、では「集団心理そのもの」が変わったのだろうか。
答えは、「変わっていない」と思う。
2020年のコロナ禍では、マスクとトイレットペーパーの買い占めが起きた。SNS時代であっても、デマは広まった。「中国からの紙の輸入が止まる」というフェイクニュースがトリガーだった。
つまり、人間の「不安になると買い溜めに走る」という本能は、50年前から変わっていない。変わったのは、その本能が発動する条件──トリガーの形と、それを抑制する環境のほうだ。
しかし──条件が変われば、2026年でもパニックは起き得る。
たとえば、ある大型スーパーで何らかの品目が品切れし、その映像がSNSで一気に拡散。「ほら、やっぱりなくなった」という確証バイアスに火がつけば、コロナ禍の再現は十分にあり得る。
この話を相場と結びつけると、興味深い構造が見えてくる。
原油は2月末の80ドル台から3月に119ドルまで急騰し、4月に84ドルまで急落した。市場は大騒ぎし、VIXは35台まで跳ねた。つまり金融市場はしっかりパニックした。
一方、スーパーの棚は平穏だった。実体経済(消費者の行動)はパニックしなかった。
「なぜ今回はトイレットペーパー騒動が起きないのか?」──この問いを掘り下げると、情報環境の変化、学習効果、サプライチェーンの進化、報道の変化、そして「不安の対象の複雑化」という5つの要因が見えてくる。
だが、人間の集団心理の「OS」は変わっていない。条件さえ揃えば、2026年でもパニックは起きる。
私たちが1973年より賢くなったのではなく、パニックを抑制する「外部環境」が整っているだけ──そう考えておくほうが、次の備えとしては安全だろう。
スーパーの棚が平穏であることに安心するのではなく、「なぜ平穏なのか」を考え続けること。それが、相場でも日常生活でも、群衆の反対側に立つための第一歩だと思う。